窓を閉めて、カーテンを引いて。暗い部屋の中、電気もつけないままじっと膝を抱えて。じっとじっと。その場にうずくまって。
ベットの脇。そこに背中預けて、何も見たくない聞きたくない。そんな風に。
そんな風に、壁に掛けたカレンダー、ただじっと睨み付けて。耳を澄まして、足早に、今日一日が過ぎるのをそっと待つ。
イライラして、ベットの上に放り投げた目覚まし時計がコチコチと時を刻んで。その音が、嫌になるくらいゆっくりに、単調に聞こえる気がして手のひらでぎゅっと耳を塞ぐ。そうかと思うと、立ち上がって、無駄にダイニングからキッチンの間をウロウロ、ウロウロ。その様は――我ながら動物園のヒグマか何かのようで。それこそ、ちっとも格好のいいものなんかじゃなくて。
冷蔵庫を開け閉めしたのは、今日何回目だっけ、なんて。冷静などっかがそんなこと思うけれども。
視線の先には情けないことに相変わらず、ベットの中の目覚ましがあって。明日に仕掛けたアラームは、今日が過ぎたその瞬間に。
その音を待ちながら、それでも、覚え慣れた単調なリズムが、頭の中で無駄にゆっくりと鳴り続けるけれど。
――溜息を吐きたくなるのは。
(…今日は、せっかくの休みで)
せっかくの日曜日で。
窓を開ければ、多分天気も良くて。耳を澄ますと、小鳥がチピチピ鳴く声が聞こえて。
しかも七月七日。何の日かなんて、聞くまでもなく。
(あーあ…)
溜息。ただひたすらに。昨日の嘘を、何度もリフレインして。
「ごめんなさい」と。そう言って、笑った昨日の自分を何度も思い返して。イライラする。
本当は見えている、辿り着いている答えに蓋をして、見えなくして。気付かない振りをする。
その答えは、ひどく簡単で。
――あの人に会えなくて。
今日のこの日だけじゃなくて、特別な日だからじゃなくて、いつか。いつか突然に。会えなくなって、多分、きっとわからなくなって。忘れて――
だから、いつもなら、その日が過ぎるのが嫌なのに。
(終わってしまうのが怖かったのに)
何もかも面倒で、いつもなら結わえている長い髪、ざんばらに下ろしたまま、肩震わせて自嘲気味に笑う。声も立てないで、ひっそりと。――でも、特別な日だから、と。
鳴らないように、コードから引っこ抜いた家の電話とは別に、緊急用に、仲間や自分に、何かあった時用にと自分にも嘘を吐いて、携帯両手に握り締めて。
(遅くとも、あと4年)
考えるのは。
(早かったらもっと早いかもしれないけれど、平均的に考えて――あと4年)
それであたしは消えて無くなるから。
だから。
(…だからね)
強くあたしを残しときたくないんだ。
七夕(後編)
何の気なしに壁掛けの時計を見上げると、10時から5分過ぎた辺りで。
手持ち無沙汰に広いソファーに腰掛けて、一人。手前の机に、何となく今朝の折込チラシなんかを漁って、適当に幾つかをリストアップ。
日曜の本日は、いつもより少しだけ遅く起きて。休日にもかかわらず、呼び出されて仕事に借り出される義姉を労いつつ見送って。見送りがてら、出掛けにしっかりと晩飯のリクエストを賜ったりして。
ドアが閉じた瞬間に、大げさに肩をすくめる。作り甲斐があるんだか、あるいは食い意地が張っていると呆れるところなのだか。そのラインは、とても微妙なところにある気がして。
「…あ、そうだ。今日は特売の日だ」
なんて、ポンと手を打って。ぼんやりと一人、何となく空しい台詞を呟く。
――カーテンを開ければ空は嫌味なくらいに晴れ渡っていて。
それこそどっかの誰かが、さあ青春だ何だと言わんばかりの、綺麗に澄みきった青空で。
まるで、こんなことまでその誰かの、遠回しな嫌味やら何やらな気がして、その空を見上げつつ、何となくもう一度、変に肩をすくめてみたりする。
――そんなもの、勝手にやってくれ、だ。
そんな風に、何だか妙にやさぐれた、というのか、ひねた、というのかそんな気分を引きずりつつ溜息を吐いて。それから、気を取り直そうと、変に力の入らない両手を突いて、ことさらゆっくりに立ち上がる。
時計を見ると、休日らしく、時間は相変わらずゆっくりと流れていて。
秒針の遅さに、いつもこんなものだったのかと、妙に時間の長さに感心しつつ。――ふと。「……あ?」
思わず間抜けな声。目の隅に写ったのは、見慣れた紙っぺらが一枚。
ソレは、ダイニングテーブルの、先程まで義姉が読んでいた新聞の、そのすぐ下にあって。
拾い上げると、そこには、手書き風の赤地に白抜きにされた、早朝タイムセールスの文字。その紙を見つめながら。
「……しまった。行きはぐれた」
なんて、そんな風に一人呟いてみても、当然ながら何もないのであった。
途中書き:
…あゆ君は、基本おっとりさんだと思う。
(Last up date:12/20/2005)