――寂しいんだ、って
言っていい?
七夕
「ごめんなさい。その日は用事があって」と。
困った顔で、頭を掻いて。それこそ両手を合わせて、懇願するみたいに。「はう〜ごめんなさいー」と、もう一度繰り返す。「こんな日に会えないなんて、ホント勿体ないですよね」と、何度も嘘を吐いて。
――七月七日。彦星と織姫の、年にたった一度きりの逢瀬の日。ただ一日の、愛を囁く日。恋人たちにとって、本当ならおそらく記念すべきその日を避ける。
「うう〜っ。折角、弟さんに何か美味しいもの作ってもらえるチャンスだと思ってたのに〜」
そう言ってわざとらしい程に悔しそうな顔でハンカチを噛めば、「そんなことか」と言って、嘆息する彼の横顔が見えた。
長めの茶色い髪。耳に光る、シルバーのピアス。猫の目みたいに切れ長の、少々吊り上った目は、前だけを見ていて。
その横顔を見つめながら、そっと目を伏せて。
その目が、たまに自分に振り向いて、そうして、柔らかくなるのを見るのがとても好きだった。
――志の高い人とか、何に対しても真剣な人とか、神様みたいな正しさとか、自分が好きになったのはそんな人じゃなくて。
「はうっ。そんなことか、じゃないですよ、重要なことです」
そう言って、ガッツで詰め寄れば、彼が目をまん丸にしてパチクリと目を瞬くのが見えた。そうして、直後に顔面に広がる苦笑。
「…あんた最近、どっかのおさげ娘に感化されてるんじゃないのか」
そんな風に言って、肩をすぼめてやれやれと溜息を吐くのが見えて。その様子を、相変わらず口癖の「はう〜」とか言いながら、頬を膨らませて見上げてみせる。そうしておいて、口をついて出るのは、「残念です」なんて、繰り返すようなそんな台詞。
「弟さんの料理が美味しすぎるのがいけないんですよ」
負け惜しみみたいに、そんな台詞を呟いて、ちょっとだけブーたれて。
別れ際には、「今度、その分何か作ってくださいね」なんて、催促しながら手を振って見せるけれども、絶対に嘘を吐いた理由だけは言わないで。その意味だけは教えないで。
最後の二股、電柱の横で笑顔でのお別れ。
「じゃあ、また」と言う彼に、笑顔で手を振って。その背中が、角を曲がるまでのお見送り。
(…好きに、なったのは)
別にあの人の弟だからとか、実はとても、思った以上に横顔が綺麗だったからとか、そんな理由じゃなくて。
好きに、なった人は――自分の弱さをいつも嘆いていて。弱虫で。いつも自信無くて。
それでもいつか最後には、必ず自分以外の誰かのために立ち上がる。そんな、とても。
(とても、優しい人だからで)
「…あーあ」と、一人で家路に向かいながら溜息を吐く。心臓の辺りが、酷く重いけども、そんなことは気にしない振りで。
口をつぐんで、夕焼けに染まった空を見上げて、肩に掛けた鞄を背負い直す。どこからか香る、夕餉の匂いに、目の前を、それ程自分と背格好の変わらない小学生が駆け抜けていく背中を眺めながら、そっと眉を寄せる。
言えなかったのは、たった一言。
――だからこそ、言わないことがあるんだ、と。
※途中書き
今回は、結構シリアス系にしてみようかと。
ちなみに現在、仙台の七夕(祭り)は今日からだと、心に念じながら書いてます。
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