今回のは、(推薦図書系にも載ってたくらい有名な本ですが)『すてきな3にんぐみ』(トミー・アンゲラー)
という絵本を元にしてます。
どんな本か、読んだことない人は↓を見れば、表紙くらいは見覚えがあるはず。
http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=16
好きな話なんで、つい(?)、ね。
昔むかしあるところに――
大抵のお話がそうであるように、このお話もその出だしから始まります。
いつのころの王様の時代でしょうか。それは、まだ夜を照らす眩いネオンや、白々とした蛍光ランプのような明かりの無い時代のことです。
夜が、一片の光も射さぬ闇として、まだ人々の原始的な恐怖と結びついていたころ、ある森の中に泥棒が一人住んでおりました。
狙ったものは百発百中――その手際の良さは、毎晩のように張り込みを続ける警官隊が舌を巻くほど。
そっと家屋に忍び込み、あるいは大胆不敵にも馬車に押し入っては獲物を根こそぎ奪い去って行くのです。
その姿は、ひょろりと高い背に闇に融ける漆黒のコートとそれに合わせたような真っ暗な中折れ帽。それから、いつも肩にカメレオンを乗せているといういでたちでした。
また、足音を消すのがとても上手く、身軽で、性格は良く言えばクール。ありていに述べるなら、酷薄でした。
ある日、いつものように辺りが暗く、闇に閉ざされたのを頃合に、彼は隠れ家を抜け出しました。
足音を立てず、まるで雲のように町にやってくると、まずは獲物の物色です。
町の中ほどにある教会の塔からは、町全体がよく見下ろせました。
この間、町の中央にある大きなお屋敷を狙ったせいか、その辺りにはまだ数人の警官や警備員がうろうろする姿が目につきます。それとは逆に、通り二つ隔てた中心街は、以前はこの時間でもまだ人気があったのですが、今では彼を怖れて人っ子一人いないようでした。
――と、その通りの先。ある一台の荷馬車に目がとまります。
繁華街から少し離れた家々の立ち並ぶ辺り。
普段なら、馬は厩舎に帰り、車は車止めに戻されている時間――それほど大きくない、一頭付きの馬車が停まっているのが見えました。
ポニーのような、小柄でも頑丈そうな馬です。また、その辺りには御者(ぎょしゃ)の姿があって、冷えるだろう夜に備えて、暖かそうなコートを頭からずっぽりと被っているのが見受けられます。
荷馬車は、どうやらこんな夜も更けた時分に町を出発するようでした。
脳裏に浮かぶ、ちょっとした好奇心。
あるいは何か予感のようなものでしょうか。
彼は、人知れず切れ長の目をさらに薄っすらと細めます。口元に浮かぶはシニカルな笑み。
今日の獲物は、これで決まりました。
「む、ぐ――!?」
周りの屋根伝いにすばやく降りると、一気に背後から回り込み、御者の男が反応するより早く、空いた左手で相手の口元を塞ぎます。その口からは、何かを叫ぼうとして、くぐもった声が漏れたのが聞こえました。
彼が音も無く現れ、また、夜の闇に融けるような外套を羽織っていましたので、急に襲われた御者は、それこそ心臓が飛び出るくらい驚いたことでしょう。手綱をもったまま、しばらく目を白黒させ、逃れようと身をよじろうとするのがわかりました。
直後の、チャキ、という劇鉄を絞る音。
「…動くな」
側頭部に銃口を押し当てながら、耳元で低く囁きます。
それだけで、言葉の裏に潜む殺気に気付いたのでしょう。男は定規でも背中に当てられたように張り詰めて、動かなくなりました。
フン、とその様子に、彼は満足げに鼻を鳴らします。
御者の男の手から手綱を受け取ると、間をあけず、最後は脳震盪を起こす角度で首の後ろを殴打しました。
「ガキか」
そう呟いて、銃口を少し下げます。
車内の少し生ぬるい空気が、流れてきて頬に触れるのがわかりました。
小さく開けた隙間から中を見て、瞬時に下した判断は、危険無し。御者を気絶させた後、馬の綱を外し、車部分だけを残した荷馬車のドアを、今度はやっと人が入れるほど押し開きます。
車内に感じていた人の気配は、目の前の少年のようでした。
薄い毛布を掻き抱いて、それで暖をとっていたのでしょう。その姿のまま、見知らぬ闖入者におびえているのか、こちらを凝視して、ちらりとも動きません。
ふわふわとした色の薄い髪。大きな目もとは、よく見ると隈ができていて、また、足元の頼りなげな明り取りのせいで、ガリガリの細っこい足首が、見ていていっそ痛々しいほどでした。
何も無ぇな――
それほど広いとも言えない車内に乗り込んで、辺りを見回します。
二人掛けの古臭い布製の座席に、足元のカンテラと、替えのろうそくが三本。それから、毛布を被った痩せっぽちなガキが一人と、かろうじて荷物と呼べる、安物の旅行鞄が一つ。
――車の中は、あっさりとしたものでした。
細面の眉を寄せて、短い舌打ちをひとつ。
だって、本当にそれしかなかったんですから。念のためにと、鞄の中を見る気も起きませんでした。
勘が鈍ったか。
しかめっ面のまま黒光りする拳銃をしまいます。
というのも、向かってくる、なんて思考も持ち合わせないような危険度ゼロなガキを前に、銃口をチラつかせているのが実に馬鹿らしく思えたからでした。
ふと。
「……」
自分を正面から見上げている琥珀色の瞳と目が合います。
先ほどまで浮かんでいた、おびえの色合いはまだわずかに表情に残しながらも、見え隠れするのは、子供らしい、かすかに紛れ込んだ別の表情。
能天気そうな大きな目の下には、不似合いな隈が薄く出ていました。
既にもう3人じゃない。(2007/1/10) (2007/1/18 改)