良い夢を
暗い暗い闇の中。
自分にとても懐くその世界で、横たわる姿を見つめる。
夜目にも浮かぶその姿。生来は黒かった髪も今はもうほとんど色を無くし、プラチナと呼んでも差し支えないような色になってきていた。
枕元に立ち、その姿をそっと見つめる。
良いものを手に入れたな、と。
我ながら、素直にそう思う。
いつもの只の退屈しのぎの玩具。だけど、コレが中々壊れなくて。
…中々、しぶとくて。
(…飽きないんだよねえ)
見てて、楽しくて。
自然と口元がほほ笑むのがわかる。
それから、静かに眠る彼に手を伸ばし。
「…ん」
睡眠をとりながらでも何となく気配を察するのか、彼が鬱陶しいものでも払うような仕草をした。それに続いて、逃げるように寝返り。――その仕草を、とても愛おしく感じる。
元々線の細い顔立ちに、白いくらいの銀髪。蒲団からのぞく、細い首と折れそうな細い体。
(…実はさ、君もさ“タキ”とかいうあの少年と一緒だよね)
にやり、と口が歪む。
昼間のラズとかいう、もうひとりの人間の反応を思い出して。
(本来は、ああいうモンなんだよ)
ヨミガエリを砕く力を持つ者と、自分たちのようなヨミガエリとの関係は。
力を持つゆえに、人ではない私に怯え、逃げだす――
人との差を、その力の差を、恐怖を知って、強さを感じ取って。
(……本当は、ああいう反応が正しい)
ほほ笑む。伸ばしかけた手を戻し、軽く腕を組んで。
(実は、君だってあまり怖いってものを知らないでしょ)
…知らなかった、でしょ。あの少年と同じで。
(…だからこそ、退魔師なんてできるのかも知れないけど)
今までより少しだけ気配を薄めて、気付かれないように――彼の上にかがみこむ。枕元に両手をついて、銀髪の横顔を上から覗き込んで。
ギシリ――と、古ぼけたベッドが小さく軋んで音をたてた。
色素の薄い額に、奇麗な細いプラチナの髪が影を落とすのが見える。穏やかに上下する胸と、一定の規則正しい寝息。着崩した様子もなく、寝巻まできっちりとして。そんなところまで彼らしいというか。
息がかかるくらい顔を寄せて、静かに閉じられた瞳と、その長いまつげを見つめながら。
(…君ってさ)
額を覆う細い前髪に触れる。
(眼鏡無いと、なおさら幼い顔してるよね)
さらさらと音が鳴りそうな細い髪に触れて、次いで指先をゆっくりと頬に伸ばす。その顔をこちらに向けようとして――
むくり、と起き上ったアーギが眼をパッチリ開いてこちらを見ているのに気づく。
彼と同じベッドの上、潜っていた掛け布から顔を出し、「どうしたの?」という顔で見つめていた。好意と好奇心を示す可愛らしい尻尾がパタパタと揺れている。
「……」
「………」
何となく、二人(?)無言で見つめ合う。
しばらくして、好奇心で見上げてくる、くりくりとしたつぶらな瞳を、そっと片手で覆って。
「……お子様目の毒」
その隙に、シキミの頬に音を立ててキスを落とした。
――辛うじて暖かい。そのことに、自分はほっとしたのか。至近距離からその頬の白さを眺めて目を瞬く。数年来、滅多なことでは外出を控えているためか、抜けるような白さ。病的と言ってもいい。年々凍りついていく表情が似合いの、寒々しい色。
こんなになってまでまだ求めるものがあるなどと、うそ寒い思いすらする。
「きゃわん」という小さな獣の鳴き声に意識を取り戻す。
と、左手の方でアーギが手を外そうと、頭を振ってもがいているのに気がついた。その様子に、「しょうがないねえ」という感じで次第に口元が歪む。
「君の先生はもう返すよ…」
そう言って手を外し、銀色の子犬ににっこりと笑いかける。小さな番犬がほっとしたように胸を下ろす中、最後にもう一度だけ振り返って、ベッドに横たわる愛しい人影に声をかけた。
「…良い夢を……シキミ…?」
※ ※ ※
音もなく入口のドアが閉まり、彼が遠ざかる気配がする。
それに続いて、隣で寝ていたはずの子犬が、自分の気配に気づいたのか、じゃれついて激しく尻尾を振りだした。
遠ざかる足音を聞きながら、目を瞑ったままベッドの中で寝がえりをうつ。
寝起きの緩慢な動作で、右頬を手の甲で拭うと、急に走り出そうとするアーギの背を捕まえてぽつりと呟いた。
「……相変わらず、気障な男ですね」
その声は、誰に届くともなく虚空に消えていった。
●お国柄的に、(たぶん)キスは挨拶だろうけど。