初めて会った時は、「何でコイツにわかる」って思った。

本当に、興味って言っても初めはそれだけで――

 

 

 


あの言葉だけが届く

 

 

 

 

 

「つまんなそーな顔してる」

 顔を図書館で借りたかなんかした薄っぺらな本で隠して、笑ってるか笑ってないかも物凄い微妙な声でそいつが――秋葉が始めて声をかけてきた日を覚えてる。

 確か、その日も何だか無性にイライラして。

 その頃はいつもそうだったけど、とにもかくにもイライラして、収まんなくて。――だけど、どうしようもなくて。何の仕様も無くて。ただ空を見ていた。

 

 

 

 秋が終わりかけてたせいか、開け放った窓からそよいでくる風が肌寒さを連れてくる。

 窓の桟に腰掛けて下を見ると、周りが少し紅く色づいてきているような気もする。中学三年生の教室ともなれば、この頃はもう受験一色で、口を開けば「この大学はどーの」「あの参考書はどーの」。…そこの廊下の角でぶつかった二人は予備校の話らしい。

(……)

 そっと空を見上げる。

――ここにはないどっかに行きたい。

…なんて。

そんなことを考えるのは、別に受験で一生懸命な奴だけが考える台詞とは限らない。

タバコを吸おうとか、そうは思わないけれども何だか手持ち無沙汰で。

(大体、これ以上身長縮んだらどうしてくれる…)

 と、変に八つ当たりのような気分でそう考える。

 今日はどうしよう。

 そう思う裏側で、「今、どうしようか」。それすら定まらない。

(……暇つぶしに集合かけて、どっか余所のチームでも潰しに…)

 考えながら、集まりそうな人数とその面子を思い浮かべる。自分が声をかければ、一定量は集まるだろう。

「……まあ、和田○キ子よりは少ねえだろうけど…」

 なんて、口元を歪ませて呟いてみると、近くを歩いていた一般男子生徒が妙に引きつった顔でそそくさと通り過ぎるのが見えた。

 背中を行儀悪く猫背に丸めたまま両の腕は軽く組んで――まるでいつ地面に落ちても構わないというような体勢で、目を瞑る。

 そんな時だったと思う。

 

 

 何だか奥の階段上がって廊下をあっちの方からやって来る男に向かって、女生徒が妙にはしゃいだ声を上げているのを耳にして目を開ける。

(………ああ)

 ちらと目を移せば、見覚えのある男だ。

 羨ましい高い身長に、小奇麗な顔立ち。大っ嫌いな「学校の先生」とかいう奴らをして、文武両道と――自分から見れば化け物なことこの上ないが――言わしめるスカした様子の男が歩いてくるのが見える。

(…あんたか。…優等生)

 遠くの方で、自分を見つめている目と目が合うのがわかる。

 近付いてくるその人影と、彼の前方にいる自分の目。

 関心も何も示さないでとりあえず目に映ってるだけ。そうしてただぼんやりとその姿を見上げる。

「子供と目が合ったら、大抵大人の方から目を背ける」なんて、どこで聞いたんだか、そんな諺だか標語だかの文章が頭に浮かぶ。

――嫌味か何かの言葉だったかも知れない。

(…当然、コイツのが大人で。俺みたいのがガキで…)

 そういうモンだろ――というような、諦めに似た気持ちが湧き上がってくるのがわかる。

 この役割の違いのようなものに、疑いようは無い。ケチの付けようもない。それが俺達の距離って奴で、生きてきた世界の違いって奴で、多分さらにはこれから生きていく未来って奴にも影響を及ぼしている。

 きっと、コイツだって終いには顔を背ける。――そう思っているせいか、これは妙な意地だ。ガキなりの、結構意外に真剣な。

(…目を背けやがったら、逆に俺の方こそ派手に背け返してやる)

 そんなことに何の意味があるかまでは知らない。でも、意地ってのはそういうもんだ。そんな簡単に解明できるモンでもない――…と思う。少なくとも自分は。

 じっとその姿を視界に入れたまま顔を相手が動いた分、スクロールさせる。目はまだ合ったままだ。

(…そういや何だっけ…コイツの…)

 ふと、ちょっとした疑問が頭を掠める。

 別に同じクラスというだけで、知らなくても今まで何の障害も出ないようなことがらではあるが――

(…何だっけ……コイツの)

 そいつが本で顔を隠しながら脇を通り過ぎる。

(名前)

 

 

 

 そっと、声が聞こえる。

「…つまんなそーな顔してる」

 耳元で。自分にだけ聞こえるような、そんな微かな声で。言った瞬間の彼の顔は見えない。だけど、確かに自分宛の――

 

「っ!?」

 思わず桟から少しずり落ちかけて。それでも何とかふり返る。恐らくは、もう自分を見ていない背中に。それでも、本当に彼があの言葉を発したのか――それを確かめるために。

 

 

 そうして、あの笑顔と出会う。

 口元を歪めた程度の、本当に微かな笑い顔。だけど、

(…ああ…確か)

 

 

 

初めて会った時を思い出す。

新入生の歓迎式典――その壇上で、新入生代表とか言うやけに顔の整った、野郎が答辞を読み上げている。背筋までピンとした立ち姿に、周りの女生徒が妙に浮かれた様子で身を乗り出すみたいにその姿を見ている。

良く通る声が、ザワついたその体育館内でも十分に響く。

「…して、今まで以上に邁進して行きたいと思います。以上――新入生代表…」

 

 

 

(…代表…秋葉、なんとかって…)

 通り過ぎ様に肩越しに振り向いて、笑顔が見えて――目が合ったと思った瞬間には体勢を正しい方向に――つまりは視線を前方に戻している。

その背中が遠ざかっていくのが見える。

そのことに、きちんと寂しいと感じる。

(………もう一度振り返らないかな…)

 なあ。

(……)

 それ程音も立てずに桟から廊下に降り立つ。去って行く背中を見つめて。――どこに行くのか、そいつは振り返らない。相変わらず背筋がピンと伸びていることに少し可笑しくなる。変に浮かれた周りとは違って、スカした男は、相変わらずで。

それから、そっと歩き出す。ゆっくりと、その背中に向けて――

 

 

 

 

 

 

 

 

※後書き※

 秋葉とリーダーの出会い。漫画ではちょろっとしか出てなかったんで、小説化してみました。SSサイズ。

 新入生代表っぽいよね。中学でも高校でも。…てか、凄い不思議なのが、何でリーダーがそんな秋葉と同じ高校い行けるのか。偏差値の範囲が広い学校なのか…リーダーが頑張りが凄かったのか。

…今度「主張」のページで書いてみようかな。

BY  dikmmy

 

 

 

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