「お前、物忌みの日とかでもあんじゃねえの」なんて、同じ学校の同じクラスの隣の席の同い年の男の馬鹿な台詞。その台詞に、冗談交じりで「ああ。あるぜ」なんて、笑って答えて、なんでもない振りでまた再び席に着く。そんな感じの金曜午後一時頃。

 

 

 

 

 

03その夢の眩しさに僕はまたうな垂れた 2(香歩)

 

 

 

 

 

 

 

二学年の自分の教室から窓の外を眺めると、一般的に快晴とか言われるようなまっさらな空で。頬杖をついたままでそんな空を見上げながら、あまり顔に出さないようにそっと眉をひそめる。別にそんな天気が嫌いだとか、次の授業が面倒な移動教室だからばっくれちまおうかとかそんな理由ではないのだけれど。――その中で見つける、たった一つの染みが、酷く目立って。思わずその一点をを見つめながら、おもむろに何気ない動作を装いつつ、椅子に掛けた上着のポケットに手を伸ばす。

メールの相手は、おそらく自分のクラスでメロンパンでもかっ食らってるだろう少女。

 

ふわふわとした綿菓子のような雰囲気の、一見弱っちい、突けばすぐ泣くような、それでいて芯の強い、ある意味で自慢の妹。この時間は、たまに屋上で見かけることもあるけれど、さっき行ったら今日は来ていなくて。

おそらくはクラスで級友とでも仲良く談笑しながら食ってるに違いないと、一人で購買部の焼きそばパン百九十円とミックスサンド三百二十円の昼食にケリをつけて。そうしてクラスに戻って来たのはほんの数分前のこと。

周りの目を気に掛けつつ素早く文字を打ち込むと、送信と同時に蓋を閉じる。目の隅に移る電波は三本と良好で、結果の表示を待って、再び携帯をポケットにしまう。

それを見て、

「サボりの連絡かァ?」

なんて絡んでくる奴には適当に笑顔で曖昧に誤魔化して。そうして他の奴の話に耳を傾ける振りで返信を待つ。

 合間に机の上に置いた飲みかけの紙パックのコーヒー牛乳に再び口を付けて、ズズズともうそれ程中身の残っていないストローを吸い上げる。

 

 

「お前、ちょくちょく何か適当に理由付けてガッコ、サボってんもんな」

 そんなふうに隣の席の奴が乗った言葉に、他の奴も乗っかって。

「この間は、確か風邪引いたとかだっけ」とか「その日、お前、街中普通に歩ってたって話、隣のクラスの奴が言ってたけどな」とか適当に。

 

「理由考えんの面倒だったら、今度、物忌みですって言ってサボってみたら良んじゃね?」

とか何とか、無分別に無自覚に言ってくる『いわゆる』級友って奴らに「そんなんじゃねえよ」と言葉を濁して。

(…さすがに、「女の子の日だから」、とかそういうクダラ無えこと言ってきやがったら、無言でぶっ飛ばすとこだけど、な)

顔だけは笑いながら、心の底でそんなことを考える。

 

 

嫌味にならない程度に適当な相槌を返しながら、言葉を受け流す。聞いてるか聞いてないかは微妙なラインで。合間に、チラリと再び窓の外に視線をズラす。

目に映るのは先程から変わらぬ晴天と、眼下に広がる校庭。昼休みを満喫しようと、わらわらと外に繰り出して遊ぶ下級生たち。その正面には、遅刻者と侵入者を除外する意味で設けられたと生徒の間でもっぱら評判の、重たい錠の付いた校門。

――ただし、目を向けるのは、さらにその奥の。

 

 

 

(……まだ居やがるか)

ちっ、と気付かれない程度に、小さく舌打ちをして、同時に眼差しを厳しくする。

目を向けるのは――校門の、さらにその向こう側。校外に出て、さらにその正面の電柱の影。

(…隠れたって、バレてんだよ)

 

頬杖を突いたまま、憎憎しげに、一瞬だけそちらを凝視して。不機嫌を隠すようにストローを弄びながら、瞬間的にこの後の段取りを頭に思い浮かべる。それは既に、手馴れた思考パターン。ありがちな予定行動。別に、慣れたくて慣れたわけでもないけれど。――どうしたって慣れなければいけなかった、という方が、きっとどちらかといえば正しい答えで。

 

 

うんざりするような気分で視線を戻す。その先では、『いわゆる級友って奴ら』が相変わらず考えの薄いまんま、馬鹿話を続けているのが見えて。

「フケてどっか行くっつったら、女んとこかゲーセンぐらいじゃね?」

とか何とか言う声が聞こえて。その様子を、何だか遠く眩しいもののように見つめる。傍目に様子を観察しながら、変に途方に暮れてみたりする。

――例えば、それはこんな時。一体、誰が想像するだろうか。

 

 

例えば――目の前にいる自分と同年代のクラスメイトが、既に何人も人間を殺した犯罪者だなんて。あるいは、こんな風に一緒に弁当食って笑ってる男が。実は、殺戮は運命だと信じている子供だなんて。

(…例えば今)

自分のほんの30センチ前。机の上に置かれたこの手が、簡単に誰か、人を殺せるなんて。

 

 

(きっと、こいつらは考えもしねえだろうさ)

 仲の良い振りで談笑して、ゲーセン行って、深夜までカラオケにしけこんだりするような間柄でも。

曖昧に、ある意味で朗らかに生きていける人間には、それこそ教えても、きっと冗談だろと馬鹿にされるだけで。

(きっとわからない)

話をして、盛り上がって、片手間に授業を受けて。あるいは、この天気と同様に平和な居眠りに落ちて。終われば家で誰か――例えば家族だとかそういった人が待っている場所に帰る。帰り着くことが出来る奴らには。

 

それは、自分が憧れて、望んでやまない穏やかなもう一つの世界の姿だ。まるで太陽が昇るのと同じように、明日が来ることを信じることの出来る、ある意味で当たり前の、そして暖かな表の世界。

(…馬鹿にはしねえさ)

 笑顔の裏で、そっと同情する。それは決して、頭の悪い他人への憐憫では無くて。それは、きっといつか――本人にさえ不確定な、この生涯っていう名の直線上のどこかで、それでも確実に騙されてしまうのだろう人たちへの正直な気持ちだ。

もしも、今のこんな自分を信じている『誰か』が居るのなら。最悪、例えば、将来のどこかで自分に裏切られ、あるいは殺されてしまうかも知れない『誰か』が居るとするなら。

その『運の無さ』は、いっそのこと哀れだと。何も知らされぬまま殺されるのは哀しいだろうと。謝ることは出来ない代わりに、ただただ、絵空事のように想像する。それこそ出来るなら、自分も――そう、なりたかったけれど。

 

 

不意にバイブに設定した携帯が振れて、椅子越しにメールの着信を知らせる。おそらくは戦闘開始の合図。

やおら椅子に掛けた上着を手にして立ち上がると、クラスメイトが不思議そうな顔で見上げてくる。それに一旦顔を向けて。

 

「よお、どこ行くんよ。浅月」

 手を上げて目を開いて、そんな風に問いかけてくる奴がいるから。

「…んー?」と、応えるように小さく首を曲げて。一見何でもない仕草で、こちらも空いた片腕だけ上げてヒラヒラと片手を振って見せる。いつもみたいにおどけた振り。ただし、背中を向けたまま、決して顔は見せないで。「…そ、だな」

繰り返すのは、先程誰か言ったのと同じ台詞を。

 

 

「――物忌み…かな」

 

 

 

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 出来るだけ早めに書く予定ではありますが、少々お待ちください。本筋も決まってるし、大体の台詞は上がってるんですが。…時間が無い。

 しっかし、背景これで平気か、ちょっと微妙な気分だな。ヤに文字が見にくい。

521日一部改定)