俺のために笑って。

 

 

 

 

 

06君の言葉はいつだって僕のこころに響くんだ

 

 

 

 

 

 

 ――ジングルベルと鈴が鳴る。

 外に出れば、街は華やかなイルミネーションで彩られ、夜だというのにあちこちでは電飾の光がチカチカと目に飛び込んでくる。そこを通る人々の顔には笑顔が溢れ、その中でも幸せそうなカップルが目を引いている。

店はクリスマス商戦一色で、もみの木にクリスマスケーキ、赤いリボンの付いたチキンやシャンパン、あるいは先走った鏡餅などが売れ筋か。

 見慣れた商店街も、リースや電飾等で綺麗に装飾され、らしい気分を醸し出しているのがわかる。軽やかな鈴の音に混じり、それらしい音楽が流れているのが聞こえてくる。

 そんな中――

 

 

「……はあ」

そんなおめでたい雰囲気をものともしない様子で、彼は疲れたように溜息を吐いた。手には、いつも通りの買い物袋。中からは大根の葉が少々覗いているのが見える。

 自前の茶髪に、同系色の大きな瞳。長いもみ上げから覗く耳には、左右に一つずつ、何故か形の違うシルバーのピアス。襟元にファーのついた真っ赤なコートを羽織り、その下から見える制服は、わかる人にはわかるだろう、高偏差値で有名な、私立月臣学園のものだ。

 その少年を見下ろすような形で見つめて、溜息に思わず目を瞬く。当然、

「…どうした?」

 なんて、後からかける声は、間抜けにしか響いていないに違いなかった。「――俺、何か変なこと言ったか?」

 慌てて問いただすが、相変わらずの冷めたような目で見返される。「…あんたも浮かれる口か」

 そう口をきいたかと思うと、何でか睨まれた。

 両手に持った買い物袋が、足元の方でガサガサ音を立てる。

 

 

 

「まあ、あんたの場合、らしいと言えないこともないが…」

 いかにも馬鹿にしたような口調で、そうして溜息を再び吐く音が聞こえて。やれやれと面倒臭そうに、両手のスーパーの袋を持ち直す。やはり重いのか、ピアニストだというのに手にはくっきりと赤い線がついている。あれは確実に袋の痕だ。

 長年ピアニストの知人を持つ身としては、彼の態度はあまりにも手を気遣わな過ぎではないかと、――近頃にいたっては、自分自身の保身という点についても疑わしいのだが――そう思っている。

 

 彼の両手に持ったビニールの中身は、クリスマスらしく無く、いつも通り姉の朝食時用の牛乳のパックやら漬物やら豚肉、等々――せめて最後のくらいチキンにしたらどうだと言わんばかりの食材が入っている。

 それらを、両手の袋に人並みに。つまり満杯とは言わない程度に。

 

 

当の自分はというと、やはり両手にビニールの袋。シャンパンに、正月用の餅、あるいは味噌等、季節も種類も取り混ぜて入っていたりする。シャンパンの瓶以外、重たいけれども、持ち運びに気を使わない一覧。

ちなみに、これら全て鳴海家の買い物である。別に、これは持ち前の付き合いの良さを発揮したわけでも、歩に弱みを握られたとか、何かの下心があって、とか、そういうのでもない。

事実を述べるなら、現在一緒に帰宅していて。

――というか、自分の帰宅を後回しにして、歩を送って行っていて。

そうしてその途中の買い物帰り、スーパーで丁度歳末セール大売出しなんかをやっていて。

主夫としては、そこはしこたま買っておきたいものだろうと、自主的に付き合って、現在も自主的に荷物を半分に分けて持っている。当然、体格の違いからして、自分の方が荷物を多く持つべきだとは思うけれども。そう、主張はしてみるけれども。

頼り切るのは、彼の変に生真面目な性格が許さないらしい。その結果、譲歩して荷物を半分ずつ。

 

 

「ウチの買い物だしな」

 そう言って譲ろうとしない彼を、どうにかこうにか説き伏せて、というか強引に荷を奪って。そのことに、少しばかり彼は、当初は不満そうな顔をしていたけれども。

はっきり言って自分は、歩にだけこんな大荷物を持たせて黙っているような、そんな他人行儀な、人に無関心な、冷たい人間でもない。

「らしいって何だ」

 

 先程の彼の台詞に、少し拗ねたような言い方で言ってみると、正面を見ていた顔を上げて、彼が振り返るのが見えた。「…何か、祭り好きっぽい感じだよな、アンタ」

 そう言って小さく笑う。

「そう言う歩は、嫌いなのかよ」

 商店街の人でごった返したようなその中を、二人並んで歩くには少々道が狭いらしく、縦に並んで歩きながら、彼の背中に声をかける。

 

前から突っ込んでくる自転車を、何となく通りすがりに振り向いて、それからもう一度前方に目を向けると、いつの間にか勝手に一人で進んで行っている。驚いて、慌てて小走りに追いかけると、追いつくのを待っていたかのように彼が口を開くのが聞こえた。「…別に、嫌いじゃないさ」

慣れた様子で、商店街の人ごみを縫うように進んでいく彼との距離を詰めつつ、耳を傾ける。

「特に好きかっていうと、そうでもないけどな」

そう言ったその声は、何となく呆れているように聞こえなくもない。クリスマスで浮かれている世間に気を使ってか、多少、小声ではあるけれども、耳を澄まさなければ聞こえない程度でもなく。「大体、クリスチャンでもないくせにキリストの生誕を祝うなんてのは――」

その、ロマンもへったくれも無さそうな言い方は、別に嫌いだとかそういうわけでもないけれども。

 

 

「歩」

 

クリスマスを祝わない人間にありきたりな台詞を続けようとした彼の言葉に被るように、新たに声をかけて。そのついでに、ずり落ち気味の眼鏡を人差し指で押し上げて。「そんなの、どうでも良いからさ」

 その声に顔だけ振り返った彼は、大きな目をさらに開いているのが見えて。

「…どうでも良くないと思うぞ」

 なんて、一旦間を置いた後に、至極当然に澄ました目を向けられる。まあ、人によってはそうに違いないが。

「だから、そうじゃなくてだな。宗教観とかは関係なしで。ってか俺が言いたいのはそうじゃなくて」

 

 じっと中途半端に振り向いた彼の瞳を見つめる。不審そうなその表情には、思わず苦笑を向けて。

「…他の奴らが笑ってる時くらいさ、…一緒に、楽しんだって良いと思わねえ?」

 首を傾げるようにして問いかける。「だからさ、せめてもっと笑うとか」

 何もかも、心配事を忘れて笑えということではない。無理に笑って欲しいのでも、当然性格を変えろというのでもなく。

 

 

(それでも、たまには機嫌良く)

笑って欲しい――本当に、ただそれだけで良いから。

一番の望みは、それが、自分の前でだと、なお良いと思うくらいで。

 

 

「何のために」

 半分、意識を前方注意に持っていかれながら、そう言って眉をひそめるその顔も、その表情も、確かに彼らしくて嫌いではないけれども。そういう、真面目で、律儀なところは決して彼の欠点ではないけれども。

「…俺が傍にいるから、ってのは」

問いの答えは、当たり前にすぐに出て。「…駄目?」

それは、目の前を、ことさらに足早に過ぎ去ろうとしている恋人が、思わず足を止めた程で。

「…言ってろ、自信過剰馬鹿。間抜け眼鏡め」

 

 なんて、振り返らずにひどい罵声が返るけれども。風に揺れる髪の間から、赤くなった耳が見えて。きっと、それは寒い北風のせいなんかじゃなく――その様子で、その声で、彼の表情を想像する。

 思わず、そのことに口元が緩んで。

「…今日は、…クリスマス用パーティーアイテム、持ってきてるからな」

 そう言いながら、肩から斜めに提げた鞄の真ん中辺りを二度程叩く。

「――ああ。だから今日終業式だってのにそんな鞄膨れてたのか」

 振り返らないままで声を出した彼に、嬉々として話始める。こちとら、全開笑顔で。

 

 

「歩の姉貴諸共、俺の芸で笑わせてやろうか。惚れ直すこと間違いなし。――トランプだけじゃねんだぜ。ジャグリングだろ、縄抜け、それから環っかだろ、それから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウチのサイトではありえない、文の初めから恋人設定。そのことに関して説明を一切入れないで、その上で文中にさりげなく(?)「恋人」って入れてみた。変な感じ。

「傍に〜」云々は、『少年魔法士』読んでる人にはパクリに思うかどうか、ちょっとドキドキ。いや、嫌がられないなら良んですけどね。

 

 

 

 2005-?-?

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