一期一会(後編)

 

 

 

「…これで最後……と」

 コトン、と軽い音を立ててテーブルに陶器製の皿が二枚置かれる。少し大きめのその皿には――これは全員分の同じ皿が足りないのだから仕方ないが――、縞状にケチャップがかかったオムライス。半熟の卵が炒めたご飯の上にふんわりと乗っかっている。

 ちなみに、置かれたテーブルはリビングのテーブルの方だ。

 

「…はわあ…美味しそう〜」

 呆然とその料理に見惚れていた理緒が、感嘆の声を上げるのが聞こえた。大きな目をさらに大きく開き、その目をキラキラと期待に輝かせている。

 それに続き、呆然としながらも次々と賞賛の言葉が浴びせられる。

「…本当ですねえ〜」

「うむ。これぞ正しいオムライスだ」

 と、どことなく偉そうなこれは清隆の台詞。

「こんなに美味しそうな歩君の手料理が食べれるなんて…」

「…器用だな」

「……あ、…ああ」

 最後の浅月などは、呆然としすぎて言葉が出ないらしい。しかし、その目はじっと目の前に置かれた皿に釘付けにされている。行儀悪く握り箸ならぬ握りスプーンをしながら、だらしなく口が半開きになっているのが見える。

「…お世辞はいいから、さっさと食え」

 最後の皿を自分の席の前に置き、歩が席に腰掛ける。ちなみにリビングのダイニングテーブルを使っているのは、四人。なぜなら来客用と併せ椅子が四脚しかないからだが――奥から歩と清隆、手前にアイズとひよのが座っている。

 この座席にも実は少々の悶着があったわけだが、それがどのようなものかというと――

 

 

 

「僕もアイズも外国人だよ!?正座なんて出来ると思う!?」

 と、表面的にはもっともな意見をカノンが切り出せば、

「お前、正座できるじゃねえか!」

 浅月が瞬時にそう切り返す。それに続き、理緒が「大体、正座する必要なんてないよ。足伸ばせば良いわけだしね」と、にっこり笑いながらその議論を亡き者にする台詞を放つ。

ちなみに、歩以外の席の一つは、まがりなりにも家人ということで清隆で既に埋まっていた。残る席は二つ。――それ以外は、テレビの前に出されたちゃぶ台行きだ。

 

「大体、そういうのってレディーファーストにするべきなんじゃないんですか?」

「そうだよ、皆〜」

 片目を閉じて人差し指を顔の前に掲げるといういつものポーズで、ひよのが全員を見渡す。同調して理緒がうんうんと頭を上下させる。そんな二人に「けっ。なーにがレディーファーストだか」と浅月が悪態を吐いて。

「こんな――…うおっ!?」

 口半分でニヤッと嫌味ったらしく笑いかけて――理緒達の目線の鋭さに思わずたじろぐ。その様は、蛇と蛙。まさに、「目で殺す」の状態だ。

思わず腰の引けた浅月に、理緒が口元だけで小さく「くすっ」と――後が怖い笑い方をした。ちなみに、直後、目線を中央に戻した理緒は、すでに元の表情に戻っている。

「それに〜、アイズ君達は『紳士の国イギリス』から来たんでしょ?…だったら――ねえ?」

 「ねえ?」という言葉は、合わせたように双方向で。理緒とひよのが共にタイミング良くイギリス兄弟を見返す。小首を傾げるその姿は、可愛らしいと言えなくも無いはずなのだが、何となく、二人とも悪戯を思いついた子供のような表情をしていた。

応えるように、アイズが無言で軽く目を細める。何と答えて良いのか思案しているのかもしれない。あるいは――「………」

相変わらず無言だから、何も考えてないのかもしれない(さすがにソレはどうだろう…)。 

それに紛れてポツリと、カノンが漏らす爆弾発言を。

「…そんなことで歩君の隣を取れるなら、僕も性転換でもするかな?」

「――ブヘッ!

耳にした途端、隣に座っていた浅月が、飲んでいたお茶を派手に噴出した。机には点々と飛沫の跡。「――っ、げふっ」

それを横目に、偶然被害を免れた理緒が、「もう〜、こーすけ君汚いなあ」と心配などからっきし感じない文句を垂れていたりして。

浅月は、喉を押さえて激しく咳き込みながら、睨み付けるけれども、その視線は綺麗にスルーされていて。その後、彼のいかにも個人的な、変な具合に気管に入り込んだらしい茶との格闘は暫く続いてはいたのであるが。やはりというか、皆、スルーだった。

ちなみに机に付いた飛沫はどうなったかというと、誰も布巾を取りに席を立たないので、後から浅月本人が取りに行った。

 

 

 

 ――話を戻そう。カノンの発言に対し、ひよのは例の手帳を取り出し、興味深げに目を輝かせていた。

「カノンさんが女の子に、ですか!?」

  慌てたように問いかけるその声は、好奇心の行き過ぎのためか、微妙に上ずっている。

「それは是非とも…」云々言いながら(是非とも何なのかは知らないが)、手帳にペンを走らせていく。一体、そんなネタどうする気なのか。その様子に、袖で口を拭いながら浅月は疲れた顔をして俯きながら呟いた。

「…マジかよ」

 その顔は、色を無くしてげんなりとしている。かいてもいない冷や汗を拭う。

「…どんな名前にする気なんだ?」

 ふと、何気ない様子で、今まで皆のやり取りを遠巻きに窺っていたアイズが口を挟んだ。軽く首を傾げ尋ねる様子は、かなり可愛らしいと言えなくもない。そんな弟の素朴な疑問に、兄も首を傾げて暫く悩んでみる。

 顎を絞りながら、空いた片腕でもう片腕のひじを支えている。

「んーと」と呟くカノンの様子を、周りを囲んだブレードチルドレンとひよの、それからダイニングの椅子に腰掛けた清隆が興味深々という顔で見守っている。

「そ…うだなあ…」

 俯いていた顔を上げて、ちらと虚空を見上げる。それから、周りを見回して――

 

「………カノ子…かな」

 ぼそっと呟いたカノンに、その場に居た全員が噴出した。

 

 

 

 

 

「ほお。…相変わらず腕は落ちてないみたいだな、歩」

 「戴きます」とスプーンを取り、一口。それから開口一番に清隆が呟いた台詞だ。

「はわ〜幸せえ〜」

「おーいしーv」

「…う…っめぇ〜!バリ美味っ!」

 浅月が叫んだその後で、向かいでは、存分に口の中でふわふわ卵とケチャップのハーモニーを味わってからひよのが「買出しを手伝った分の元は十分にありますね」と、頬を薔薇色に染めながらにっこりと微笑む。

 他の発言には何も返さなかった歩も、さすがにそれには

「…あんたほとんど何もしてないだろ」

 軽く睨みつけながらそう言って、嘆息した。

「……美味いな」

 と、最後にアイズが珍しい笑顔で歩に向けて呟く。そんな彼らに対し、その発言の数々をお世辞としか解さない主人公が、「黙って食え」と言おうと顔を上げかけて――

「…なあ、マジで俺んとこに嫁に来ねえ?」

 浅月が言うのが耳に届いた。ピクリ――とその言葉を耳にした内の数人のこめかみが微妙に反応する。

当の眼鏡は、スプーンで黄色い卵を口に運びながら、ちゃぶ台の手前で上半身だけこちらを振り向いている。うっとりと、まるでその様子を思い浮かべているとでもいうような表情だが、その声は意外に真剣だ。

 

「…調子ぶっこいちゃいけませんね」

 にっこりと、しかし辛辣な言葉でひよのが応戦した。

 

 彼女の言葉に篭っている殺気に、浅月が慌てて振り返る。が、ひよのは相変わらずオムライスを食べながら、そ知らぬ振りを決め込んでいるようだった。

「…調子ぶっこくってどういう意味だ、譲ちゃん」

 剣呑な様子で浅月が問えば、

「あら?…わかりません?」

 とひよの。

「仕方ないよ、ひよのさん。こーすけ君なんかせいぜい間抜け眼鏡だもん」

と、コレは理緒の台詞。

「そのまんまですよ。『調子に乗ってるんじゃありませんか?』って意味で――」

「説明してんじゃねえよ…ってか、そうじゃなくて」

「こーすけ君の癖に、ずーずーしいんじゃない?って意味だよ」

 そんな三人のやり取りを耳にしながら、

「――うるさい」

 と、三人に目もくれずに歩が声を上げた。その割り込みに、ほんの一瞬、三人の言い合いに間が出来る。その間に、歩は緩慢な動作で黙々と、顔も上げずに口元にスプーンを運んでいた。しかし、鶴の一声で彼らが大人しくなるかというとそうではなく。

 

「うるさいとは何ですか!うるさいとは!」「な、鳴海弟。そんな…」「弟さん、酷いです!こーすけ君ならともかく!」

「そうです!大体、浅月さんが!」「――なっ!それなら、譲ちゃん達こそ!」…――云々。ギャーギャーワーワー。それこそ子供の会話だ。

 

「そうだよ、歩君。そんな間抜け眼鏡のところに嫁いだって良いこと無いよ」

 一旦、浅月の方を馬鹿にした様子で睨んでから、「ねえ?」――と背後の歩に向けてカノンが振り返る。その声に、歩は何の気無しに顔を上げた。

「…それに比べ、僕なんか将来有望だよ?――どう?」言いながら、カノンがウィンク一つ。

「――なっ!?」「「カノンさん(君)っ!?」」と絶句した三人が、気が付いて抜け駆けだ何だと抗議の声を上げるのが聞こえる。

それに対し、当の本人はしかめ面で返す。

「……何がだよ」

「え?だからお嫁さんにってことでv」

 向こうの机で、嬉しそうにハートマーク付でカノンが人差し指を掲げて首を傾げるのが見えた。その様子に、鈍い主人公は呆れて眉を寄せる。

「ふざけるな。――断る」

「そんなこと言わないでさあv」

 きっぱりとした断りにも、カノンは気にする素振りも全く無し。逆に、代わりとでも言うように、上気した頬をして無駄にニコニコしながら手をパタパタさせるている。自分の皿に向き直ると、それを持ち上げ、今にもこっちのダイニングテーブルまでやって来そうな勢いだ。

 

 

「こっちに来たらカノンさんの秘密を一つバラしますよ!?」

思わず、ひよのがどこからか手帳を出してカノンを睨み付けた。歩とカノンの間で遮るように腕を広げながら、「じゃんけんで決まったはずです!」と力一杯言い切る。

「こらこらお前達。…私の前で歩にちょっかい出して只で済むとでも?」

 と横の清隆から――顔は笑ったままだが冷ややかな声で突っ込みが入り、歩は溢れた冷気に思わず引いてのけ反った。そんな彼を放ったまま、互いに笑顔ながら――歩には、バチバチと五人と清隆の間で火花散るのが見えた気がした。

その空気を読んでか読んでも気にしないのか――あるいはワザとか。

 

「…なら、現在定職についている俺こそ将来有望だろう?」

 

 先程のカノンの言葉を引き継ぎ、何となく間の抜けた感じでアイズが呟く。かなりタイミングがズレている気もするが。

「……」

 何でアンタまで――という顔で、歩は嘆息した。

 

 

 

 

                                                                                              

 

 

 

 

「ああ、…じゃあ、また明日学校でな」

 名残惜し気に去っていく五人の背中にそう言いながら、隣で歩が手を振っている。

 

 剣呑な瞳で恨めしげに自分を見上げる十個の目線をやんわりと軽く流しながら、清隆はいつとも知れない「またな」という言葉をそれぞれに掛けていく。

「…俺も学校で…?」

 とアイズが意味の無い呟きを漏らしたが、歩は取り合えず気にしないことにしたらしい。仕方の無いという仕種でのろのろと――かなり後ろ髪引かれる思いなのだろうが、戻って来やがったら歩は張り倒すつもりだろう――姿がマンションの曲がり角で壁の向こうに消えるのが見える。

 消える直前に、

「それじゃあ、また明日学校でねvハニーv」

 片手を上げて言った途端に四方から殴られているカノンの姿が見えた。そんな様子の彼らに、ほんの少し顔をしかめてから背を向けた。

 清隆が入ったのを確認して歩がきっちりとドアを閉める。それから、初めにあったように内鍵をして、チェーンを掛けているのが見えた。

「意外に用心しているんだな」と、その背中に声をかけようとして――

その直後。

 

 

 ひゅーぽて――

 擬音を付けるなら、おそらくそうとしか言いようが無い。フラついた歩がそっくり返って倒れかけて――何とかかんとかその場に座り込むのが見えた。

「あ、歩!?どうしたんだ!?」

と慌てて駆け寄って。今にも重力で後ろに転がりそうになっていた歩を支えようと、その肩を掴む。相変わらずの細さに、思わず続く言葉を飲み込んだ。その腕に、軽い重みがかかるのを感じる。

「……あー…」

 くしゃっと前髪を歩が掻き揚げたために、表情までは読めないが、調子の悪そうな声が漏れる。そんな弟を後ろから支えてやりながら、顔を覗き込む。

「…あ、歩?大丈夫か?」

 「……」聞こえないわけでは無いだろうが、歩からの反応が無い。不審に思い、眉を寄せながらもう一度尋ねる。「……歩?」すぐには反応は返らない。が、暫くして溜息と共に、手の下からぼそぼそと歩が呟くのが聞こえた。

「……あー…疲れたあ…」

 その言葉に、ほっとして溜息を吐く。それから、安心して少し口元が緩む。

「……そうか」

「…そうだよ」

 指の下からちらりと睨んでくる歩の目が見える。その瞳を愛おしく見つめながら――

「歩は面倒見が良いんだな」

 と呟く。そんな清隆にのっそりと歩が顔を上げる。「ああ?」と言うその顔には、不審そうな色が浮いているのが見えた。

 

「…何のことだ?」

 不思議そうに眉を寄せた歩に笑いかけて「さっきのことだよ」と告げる。

「嫌がってはいても、全員分作ってただろう?オムライス」

「ああ…」

 「それか」と言いながら、歩がフラつく足で立ち上がる。それに手を貸しながら「大丈夫か?…もう少しくらい大人しく座っていた方が…」と声を掛けるが、相変わらず調子が悪そうな弟からは、「平気だよ」と声が返って来た。

「…玄関でへばってるのは、何だか間抜けだ」

 

 歩は、悪態をつくみたいに何とか立ち上がると、壁に手をついて何とか足を進めている。そんな歩の脇の下に手を差し込んで体を支えてやりながらダイニングの椅子までたどり着く。煩わしそうに机に片腕をついている歩の代わりに、椅子を引いて座れるようにしてやって。「――ほら、歩」椅子の背を軽く叩いた。それに対し歩はのっそりと顔を上げながら――

「…悪い」

 そう言うと、その椅子にドカッと座り込んで、ダルそうに腕を組んでその上に頭を乗せた。それでもまだ「あー…」と小さく唸っている弟のすぐ脇に立って、じっとその姿を見守る。その様子は、ただ忙しかっただけとは思えないほどへばっているように見えた。

「…ただ疲れたって感じじゃないな――歩」

 そっと手を伸ばして、歩の額に触れる。自分の感覚が温度計ほど正確とは言わないが何となく――

 

(…熱い…?)

 

「…兄貴、手ぇ冷たい」

 歩がこういう時にありがちな台詞を口にするのが聞こえる。

 その台詞には、「手が冷たいってことは心が温かいってことだ」と取り合えず返事をしておいて。

「……歩、風邪か?」

「…あ?」

 うつ伏せの状態から、不思議そうな顔で歩が顔を上げてこちらを見上げているのが見えた。

「熱がある」

 出来るだけはっきりとした活舌で伝えてから、背中を叩く。「ここで寝るなよ」そう声を掛けてから、急いで歩の部屋のドアを開ける。そんな清隆の後ろで、額に手を当てた歩が何か唸っているのが聞こえた。

「あー…そう言えば、…今日の朝からちょっと喉が痛い…ような気がする…」

「…こーら、そういうことは先に言え」

 軽く弟の頭を小突いてから、「ほら」と歩に手を差し出す。「こら、そこで寝るんじゃない。布団があるだろう――ほら、立て」

「………うん」

 しぶしぶと歩が頷いて、椅子の背と清隆の腕に頼りながら立ち上がった。

 

 

 

 

 

「――そういえば、歩。お前、…何だか丁度良いタイミングで倒れた気がするんだが…?」

 思いついた考えを、歩に布団を掛けてやりながら口にする。それに対し、歩が掛け布団を首元まで引き上げながら、眉根を寄せるのが見える。

「……?」

 無言で小首を傾げる様子は、とことん可愛い。

ああ、可愛いなあ――等と、ある意味脳ミソが腐ったことを考えながら、「ほら、さっき」と言いつつ、軽く布団の上から胸の辺りに手を置く。少し厚めの布団の上からでは本来ありえないが、何だかほのかに暖かい気がする。

「アイズ達やひよのって子も帰して、何だか全部終わったなって――そんな感じの時に倒れただろう?」

 言われて思い出すように、歩が目線を虚空に走らせる。どうやら、熱のせいか少しばかり頭の回転が鈍くなっているらしい。そのため、反応も鈍い。

「……ああ…」

 小さく頷く声に併せ、もう一度布団の上から叩く。

 

「…もしかしてアレか。…気が抜けたのか?」

 尋ねると、再び歩が首を傾げた。ゆっくりとその視線を巡らす。それから暫くして、眠そうに目を細めた歩と目が合った。

「……迷惑…かけるだろ」

 やっとのことで呟くように囁く歩に、「兄ちゃんは良いのか」とからかう。

 そんな清隆の、布団の上に乗せた手を煩わしそうに払って、そのまま歩は自分の手を額に当てた。

「せっかく家に来たんだから、良い気分のまま帰してやりたい…だろ」

 「兄貴は俺以上に…迷惑ばかり、かけてる…だろ。だから…いーんだよ」と船を漕ぎながら言い放つ歩に、「うんうん。歩は一期一会を大事にしているんだな」と、清隆は一人勝手に頷いてみたりする。

 ふと、先程の歩達の様子を思い出して、何となく笑いが込み上げる。

「だったら、もう少し優しい言い方をしてやった方が良くないか?…ほら、浅月とか、ひよの…とか言ったか?あのおさげの子とか。歩が優しい言葉でもかけてやれば、きっと、泣いて喜ぶぞ」

 おそらく本気で――泣いて喜ぶ浅月の様子を思い浮かべて、思わず肩を震わせる。曲がりなりにも歩を挟んで相対する仲とはいえ、それは、浅月達が嫌いだということにはならない。

 

微笑みかけると、薄く眉をひそめながら、歩が口を開くのが見えた。

「…それは…嫌だ」

「どうして?」

まるで、聞き分けの無い子供に諭すように話しかける。

「…それ、は…俺じゃない…から」

言葉を搾り出すように呟く声を何とか聞き取って、清隆は小さく眉根を寄せた。歩の方にまた手を伸ばし、今度は頭をくしゃっとする。

「……ふーむ…」

唸った声が聞こえたのか、歩が口を尖らせるのが見える。そのわりに、今度は腕を振り払われなかった。

「………なんだよ…」

「イヤイヤ。何でもないぞう」

ぽんぽんと布団を叩き、それからそっと立ち上がる。そうして歩の目を見ると、清隆の動向を追うように見上げていた。

 

 

「…どうした?」

「寝付くまで傍に居て欲しいのか?」ほんの少しばかり甘い夢を期待して声を掛けてみたが、どうやら違うらしい。布団の下で歩が唸る声が聞こえる。

「…さっさと行け馬鹿兄貴」

 まるでワンフレーズのように、淀み無く言われ、思わずがっくりする。

「歩は兄ちゃんには冷たいなあ」

 わざとらしくそんなことを言いながら背中を向ける。

 しょぼんとして立ち去ろうとした背中に、歩からさらに声がかかった。

「あ…そうだ。…姉さんが帰るまでは家にいろよ」

 

 

 

 

 

 結局、あゆ君の言った最後の台詞は果たされずに終わる。――まあ、ある意味予想していた範囲内ではあるが――目覚めた時、当然のように清隆は姿をくらましていた。

そういえば、洗い忘れていた食器は清隆が洗ったらしい。翌日、目が覚めるときちんと、歩が揃えるのと同じように食器棚にしまわれていた。

 ちなみに、あゆ君は気付くまいが――

 

 

 

 帰り際に清隆がそっと歩の頬にキスを落とし、満足そうな足取りで帰っていったことは多分、秘密なのである。

 そうして、甘い声で兄がこう囁いたことも。

「おやすみ。…マイ・スウィート・ハートv」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※後書き※

…長い。無駄に長いですね。自分の文章はどうにも。どうにかしてくれ。

ギャグを入れようと頑張ったら長くなった。ギャグ書くの苦手〜。甘い系と言われるのも苦手。

ようやく前・後で締めることができましたが、どんなモンでしょう。感想お待ちしてます(←マジで)。

BY  dikmmy

 Last up date:2005-07-18

 

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