寂しい子供になりたくなかった。
だから、たとえ辛くても無理して笑っていた。
そうしたら段々、何が辛いのか何が平気なのか
終いにはその差がわからなくなってきて――
一人きりの歌
初めて会ったときに、その存在感に圧倒された。
ミズシロ・火澄――悪魔の弟。
ぶっちゃければ、(そうは思いたくも無いが)叔父に当たる。らしい。あくまで、血の繋がりのみで見ればの話だ。年齢は、自分よりも一つ下。それでも――
屈託の無い笑顔の奥に隠された、
その存在感。威圧感。瞳の強さ。能力値。
――よもや自分が他人より劣るとは、微塵も思わないが、それでも絶対に彼には敵わないだろうと。自分は、決して勝つことはできないだろうと。
そう、思わせるだけの絶望がどこかで光っている。
彼は、暗い光のような存在で。
闇夜の中の、さらに深淵。人の、たどりつけないような遠くで――硬い鉱石のように、ダークに。
希望を、神の祝福を――海底に偶然届くような、その唯一の光を、幸福を、常に蝕み続け、この胸に繰り返し繰り返し、絶望を押し寄らせ続けている。
『初めから、僕らに神の祝福はありはしない』と――
この自分をして言わしめるだけの存在。
『信じるものだけが幸福になることができる』
(…信じて来たさ)
右手のサブマシンガンに力がこもる。
(信じて来たよ。…神の祝福ってやつを。――だけど)
鳴海歩――神の弟。
僕らに残された、唯一の希望。ブレードチルドレンを幸福へ導く新たな神。そう信じてきた。しかし、彼に会った正直なところは――
(…歩君には、何も感じない)
どんな可能性も。
火澄に感じた、あの圧倒的な存在感、威圧感。そういった、諸々のものを、彼には感じなかった。
確かに、あの清隆の弟なだけはあってか、容姿も人並みより優れ、頭の回転も良い。
――だが、それだけだ。
他には何も無い。
現にあの時彼は、僕の、例の『ブレードチルドレン以外は殺さない』という制約が無ければ、死んでいたに違いない。
――欲しいのは、本当に今、自分達に必要なのは、
清隆や火澄の持つ、あの圧倒的な、有無を言わせぬほどの説得性。存在感。
そして、それを裏付ける能力。
理緒の麻酔銃を食らったせいで、少しふらつく廊下をしばらく進む。目的地はすぐそこだ。半透明の色ガラスに囲まれた、C棟の5階、第6音楽室。
「…ああ、お帰り」
不意に笑顔を向けられて、一瞬、頭がストップする。
彼は、相変わらず手首を音楽室の机の一つに括り付けられたまま、人質続行中なはずだった。現に、右肩は出血は止んだとはいえ、傷が治っているはずも無く。それでも――
次元の違う平穏さに
その、彼の周りを漂う雰囲気の柔らかさに
(…そういえば、こんな風に柔らかく微笑んだところを、初めて見たかもしれない)
そんな風に。
まるで、普通のときのように、
(もっと笑えば良いのに)
…とか。思う、自分がいる。
「どうした?」
そんなこちらの思惑を知ってか知らずか、元のクールな表情に戻し、不思議そうな顔で彼が尋ねてくる。
「…腹が据わってるのか、諦めが良いのか…」
もしくは、何かしらの自信――?
それが、神の弟としてのものなのか、当事者では無いという思いからなのか。
それは知らないけれど。
「つまらない」と口にする裏で、希望を――
(……期待をさせないで)
夢を見させないで。明日を信じさせないで。ありもしない希望を、信じたりさせないで。
まるで、八つ当たりをするために、自分の憤りをぶつけるためだけにこんなことをしでかすような、そんな寂しい子供にだけは――
2004-7-?
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