自分にはまだそのための相手も、何もいないからわからないけれど。

 願うものではないだろうかと、そう思う。

 死ぬために生まれる子などいないのだから。

 殺されるために生まれたのではないのならば。

 

――きっと、母親なら。

 

 

誰よりもあなたに、生きていて欲しいと。

 

 

 

 

 

 

 

これまでのために。これからのために。

 

 

 

 

 

 

「あんたに罪が無いのはわかってる」

 背中だけを向けて、すっきりとしない空を見上げて。

「…今のあんたが、いい子だってことも」

 そっと、煙草の煙をくゆらせる。苛立たしさを、ほんの少しでも蹴散らすように。「――でも」

 

 背後からは、不規則な音を立てながら早々に立ち去る気配が一つ、静かに、けれども確かに誰かが立ち止まった気配がもう一つ。

 明らかに前者が例の「もみあげピアス」として。

 おそらく、きっと「彼」が、自分が振り向けば顔の見える位置で、そっと立ち止まっている。

「…生かしてはおけないのよ」

 

 

 この言葉を聞いて、一体彼がどんな表情をしているか。

 笑っているか。怒っているか。あるいは、泣きそうな表情をして立ちすくんでいるかもしれないけれど。

 気にならないといえば、嘘になるけれども。

 振り返ることは出来ない。

 ――御免なさいとは、もう言えない。

 誰にも、もう、謝ることは出来ない。謝るべきでもない。

 

 すでに起こってしまったこと。この先起こること。――それらは全て、これまでのために。これからのために。

神様にだって子供たちを救えはしない。どんな知略を張り巡らそうとも、何も変わりはしない。運命とはそういうものだ。

(…人は逆らえないものを、運命と呼ぶの)

 煙の流れていく先を見送ってから、そっと眉を顰める。

 

 

「ありがとう」――と、小さな声で言った彼の声を思い出す。この曇りきった空にすら溶けていきそうな程、微かな響きだったけれど。

それでも確かに、優しい音で響いた彼の声を。

 

そんなふうに、礼を言われるようなことを、何か自分に出来ただろうか。眩しさに目を細めるように、静かに目を瞑り、思考を巡らす。今、あなたに対して、一体何が出来るだろう。

何をすれば、幸せになってくれるだろうか。

この短い生を、捨てるのではなく、遺恨無く、最上のものとして。

 

 

出来るのはただ、願うことだけだ。

この、陰険で、スチャラかで、どうしようもない『神』とやらに。残酷な運命に。

(――あるいは、子供たちに)

 

 

 

 …あなたが、これから先、ほんの少しでも幸せを感じますように。

 

 あの男の弟が、出来るだけ躊躇せず、いくらかでもあなたに苦しみを味あわせずに、あなたを殺せますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2004-10-30 

※ブラウザのバックでお戻り下さい。