多分君に贈るなら、少し笑えるけれどもこれが似合うと思う。

『エリーゼのために』。

 

 

 

 

テレーゼ

 

 

 

 

 

「ねえ、弟さん」

 もっそりとソファーで眠っていた彼女が不意に起き上がり、まだ少し寝惚けたような声で呟くのが聞こえる。それにちらと首を傾げて。

 

 

「…ピアノ…弾いてくれたりしませんか?」

 そうやって、まるで小動物みたいに見つめてお願いされたら、一体どうしろというのか。逆らう気も起き無い。

 そっと腰を上げ椅子から立ち上がる。それに吊られるように、彼女が顔を上げるのが見える。自分を追っている目線に、同じく目を留めて。

 

 

 少し思案――してみても、それ程曲は思いつかない。彼女に似合いそうな曲は。

(…思いついても二曲…)

 

 

 やけに少ないなと、口だけ動かして、声にはしない。口元に手を当てているため、周りからは、動いたことさえ見えないだろうが。

 人によっては、やたら沢山の似合う曲があったり、テーマソングがあったりするもので、そう思うのかも知れない。そういう場合、大抵どうでも良い相手だったり、不思議系のキャラの人物だったりと、様相はそんなものだ。

 

 

「…可愛い系のとカッコイイ系の。どっちが良い?」

 自分でも良くわからない基準で問いかける。すると、相手は暫く考えた後で、「可愛い系の」と言って微笑んだ。

 その春の陽に溶けるような表情に、歩も微笑み返す。

 

 

「なら、あんたにピッタリなのがある」

 

 

 

 

                                                        

 

 

 

 

 

 厳粛な気持ちで音が鳴るのを待って。

「…ピッタリ…ですか」

 音が鳴り出した途端に、思わず不思議な気持ちで問い返す。――知っている曲だ。美しく、物悲しい調べに耳を傾け、同時に首も傾け。この音を奏でる、彼の美しい指を思う。

 背中を向けられて聞くその音は、確か「愛の歌」だというくらいしか予備知識は何も無い。

 この、確かに美しいけれど――哀しい響きが似合いだというのは、一体どういうことだろう。不審を、そっと口には出さず、思考の内に潜める。

(…しかも、『可愛い』って)

 

 

 もそもそと掛けてあった上着を手に取り、手持ち無沙汰に畳んでみたりする。――当然、歩程上手くは畳めないけれども。

 

 

 

「『エリーゼのために』…正確には、テレーゼって女性だったらしいけどな」

 くしゃっ――となった上着を、残念に見つめていると、そんな声が聞こえた。

「…それは聞いたことがあります」

 声に顔を上げて彼を見る。眼前には、振り向かないまま、白と黒の鍵盤の上に手を走らせている彼の姿。

 

 

「…ってことは、知らないのか?」

 チグハグな返事に、思わず「はわ?」と呟いてみる。

「テレーゼの年齢だよ。ベートーベンは40歳。…その時、彼女は18歳だったんだぜ?」

 

 

 

 

 

「――…ほえ!?」

 

 初めて知る事実に、呆然とする。

 音楽室で良く見かける、目付きの鋭いベートーベンの肖像画を頭に思い浮かべて。ついでに、もしゃもしゃ髪の中年男性が女子高生に手を出している映像が脳裏に浮かんだりして。

「結構有名な話だから、知ってるかと思って、…弾いた時ちょっとビクビクしたけどな」

 相変わらず素晴らしい音を奏でながら、軽口を叩く声が聞こえる。

 

 

 

「そんな彼女に、プロポーズした時の曲だよ」

 

 

「……」

 その声を耳に留める。

 しかし、それが自分に一体何の関係がと思いかけ――

「…もしかして、弟さん」

 

 

 

「あ、気付いたか」

 楽しげな響きの声が聞こえる。

 美しい調べの中に溶けて消える程微かではなく、哀しい曲調に似合わない程明るい響きで。

 振り向かない背中に、思わず乱暴に上着を投げつける。「投げるな」という小さな声。

 

 

「あたし、そんなにロリじゃないもんっ!」

 怒鳴りながらも、理緒は顔が笑うのを一生懸命抑えていた。熱くなる頬を両手で押さえ、頭の中には、先程の歩の言葉が廻っていた。

 多分、彼はそんなこと気付きもしないだろうけれども。

 

 

 

 

 

「そんな彼女に、プロポーズした時の曲だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 アイズ様のこと書くためにピアノ系のページを調べていて、ベートーベン『ロリ疑惑』的な内容の物を発見しました。多分その産物

 2004-?-?