目が覚めたら、一人だと思っていました。
――ゆるゆると意識の浮上する感覚。
頭上から漏れる微かな明るさに身じろぎします。
ぴちぴちと鳴く小鳥たちの声が聞こえて、陽(ひ)が昇ったことを表していました。
「ん…」
暖かな毛布から片手だけ出して、外の気温を確かめます。
今朝は少し涼しいと感じるくらいでしょうか。ツナは少しだけホッとしました。
ここ2、3日、朝は酷く冷えていて、ほんの少し早い、冬の訪れを知らせているようです。
陽光の加減からすると外は晴れていて、しばらく聞こえていた寒風も、今日は凪いでいるようでした。
手触りのいいシーツを撫でて、布団の中の暖かさを、心地よさを感じます。
鼻を当てると、長いこと忘れていたような、太陽の匂い。
ツナの、大好きな匂いです。
母親がいた頃は、綺麗好きな彼女が毎日のように変えてくれていたのでした。
まどろむようにゆっくりと2回ほど瞬きして。
息を吸いながら、まだ薄暗い室内で、その暗い目を見開きます。
次の瞬間、目の前に見えた光景に、ツナは肩を揺らして驚きました。
「!」
何故って。
物凄い美人の男が、一つのベットに横になって並んでいたせいでした。
思わず声を失います。
すっきり通った鼻筋に、切れ長の目に沿ってびっしりと生えた長いまつ毛。
艶のある漆黒の髪には、特徴的なもみあげも健在です。
鼻をスンと鳴らすと、かすかに香水の匂いがしました。
呆けたように、その顔に見惚れます。
見覚えの無い――いや、一度だけ会った覚えのある男でした。
自分でもあまり容量の無いと思う頭をフル回転させて思い起こします。
全身黒尽くめの、昨日の夜、ツナがそれに乗って出る予定だった荷馬車を襲った男。
そうして一人ぼっちのツナに、「俺と来るか」と手を差し出した泥棒でした。
昨夜、綺麗だと思った瞳が、まつ毛の下から薄っすらと覗いて、ツナを見つめています。
その目はいっそ冷ややかで、無表情な顔は、元々なのか、不機嫌なのかはわかりませんでした。
もしかして自分のせいで目が覚めてしまったのだろうか。
そう思って、ツナは顔をしかめます。
不意に風が動いて。
男が、瞬いたのが見えました。
白のワイシャツに包まれた彼の腕がのばされます。
「まだ早い。寝ろ」
そう言って、毛布から出ていたツナの手を取って仕舞うと、男は寝かしつけるように、寝癖で爆発した薄茶色の頭を雑にポンポンと、2度ほど叩きました。
目の前で再び閉じられる瞳を呆然と見つめながら、ツナは少しだけ迷って。
「……おやすみなさい」
また夢の続きだと信じて、目を閉じました。
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2007/09/25
2007-10-13改