屋敷を出て数歩。
彼が、どこかゆっくりと、青く高いイタリアの空を見上げる。
まるで小首をかしげるように。
――ああ、今日は暖かかったんだ。
それだけ。
04彼はまた言うべき言葉がそこにあるかのように虚空を見つめ
日本人特有の象牙色の肌に、色素の薄い蜂蜜色の髪と琥珀色の瞳。
昔と変わらない童顔に、昔よりも大分余裕の出た柔らかな笑みを浮かべて悠然と、居並ぶ屈強な黒服のイタリア男たちの作るリムジンまでの道を通り抜けて、真っ白なコートが翻る。
白いスーツに白い中折れ帽、なんて全身悪目立ちするような取り合わせ。
最近はいつもこんな陽気ですよと彼の右腕が脇で応える。
――汚れが目立つ色だね。
そう言って、綱吉がどこか眩しそうに新調したばかりの一式を、見つめていたのを知っている。
ボスとして袖を通す前のころのことだ。
ああ。だからやたらに格下を構ったり、血を流したりするもんじゃねーぞ。そう言ってツナにプレゼントすると、確か小さく苦笑いした。
初めてのプレゼントはもっと別の物だったので、数えたら何個目のプレゼントだったろうか。モノとしては、リボーンと同じ型のCZに続いて二つ目だったかもしれない。
今ではもう、同様のオーダーメイドを自前で何着も持っていて、イタリアに渡ってからようやく訪れた遅い成長期のために着れなくなったものも箪笥の肥やしであるくらいだが、当初はしばらくスーツに着られている感が抜けなかった気がする。
彼がまだ中学生だったころ。
昔は、家でゲームをするのが好きで、夜中まで格下の牛っ子と格ゲーなんかよくやっていたのを思い出す。
元来根が騒がしい糞牛と、それからたまにフゥ太とイーピンも混じって、ギャーギャー騒ぎながら引きこもり一歩手前の生っ白い腕を振り回して大熱狂。
ハンモックに腰掛けて、ウルセェとどたまスレスレに一発鉛玉を打ち込んでやったら、全員しばらく静かになりやがった。
――雨の日、風の日。カンカンと太陽の照りつける、茹だるような日本の夏。
だけどこんな天気のいい日には気の合う友人――要は獄寺や山本たちだ。と外で遊んでいるのも良く見かけた。
夏は花火。滝に打たれた、遭難寸前のキャンプでは、ディーノたちも加わって。
年相応のというか、大分幼く見える笑顔を覗かせて、馬鹿みたいにギャーギャーと。
「ギャー!!獄寺君何やってんのーっ!?」
「おーい山本ー?」、「うわっ、ディーノさん。また何やらかしてんですかーっ!?」
青くなったり赤くなったり、白目剥いたり。
* * *
「どうしたの、リボーン」
不意に掛けられた声に、眩しげに目を細める。
場所は相変わらず抜けるような空の下。イタリアの本拠地、黒く深い森の中にたたずむ豪奢な屋敷の庭先に、扁平なリムジンを1台横付けて。ボスを囲む護衛を兼ねた強面のイタリアンマフィアたち。
その中で一人浮いた白を着て、悠然と。
ああ、それにしてもさ。抗争に借り出されて久しぶりに外の天気を知るのって、何かむなしくないか俺、とかなんとか傍らで呟くのも聞こえて。だけど。
(ツナ)
この、見上げる空のようにどこまでも澄んだ、落ち着いた声だった。
楽しいこと嬉しいこと悲しいこと辛いこと痛いこと。その全部を知って、何もかも見透かす者の目だ。
リボーンの思い描いた、理想のボスに近い形。
だけど最近はこうやって、10年前の彼のことばかり思い出す。
ダメツナだったころ。
ガキでチビでおまけに馬鹿だったころ。
何をやっても失敗ばかりで、何も出来なくて。
だけど何よりも、愛すべき自由が。平凡な幸せがそこにあったころ。
――昔のように出来ないわけではないだろうけれど。
(ツナ。言えた義理でもねぇが)
…後悔は、無いか?
* * *
しばらく間を空けた後、リボーンが。
「…何でもねえ」
かろうじてそう言って目を背けた。
■しばらく外に出れなかったのは、書類のためすぎ。
(20070519)