ローズレット・ストラウス。
赤バラの王――
その名前を、まるで遠い昔の喧嘩友達か何かのように思い出す。
月の見える夜に
――対峙してみてわかる。
月光を受ける銀色の髪と、対照的な血みたいに真っ赤な目。圧倒的なプレッシャーと、強大な魔力の塊が心臓を押しつぶそうと狙っている。
互いに構え、隙を狙う。隙を見せた方が負ける。
殺さなければ殺される――それが今この場を支配している掟だ。誰のせいでもなく。
風に弄られて長い髪が宙を舞う。そのたびに視界に紅い糸のような髪が映る。それは、相手も同じなようで。無駄に伸びた前髪が、煩わしげに目の前を流れていくのが見える。――しかし、互いにそれを気にする程度の力量でもない。
「……」
構えは崩れない。両手には、黒い白鳥の印。
――その最中に、ふと違う考えが浮かぶ。
(……実際、綺麗だと思うよ)
相手との間合いを視野に入れながら、どこか遠くの方で思うみたいに。
真っ直ぐに相手の瞳を見つめながら、そっと思う。
(綺麗だと思うよ)
その血みたいに真っ赤な瞳も。月に溶ける銀糸みたいな髪も。美しい横顔も。それから、いつもどこか寂しげな表情も全て。
戦いに興じる時の、あの冷徹な瞳も何もかも――
(…探している人がいるんだろう?)
口元だけ歪めて、音声には乗せずに目だけ奴の方に向ける。
それを見た相手が、無言でほんのわずかに目を細めるのがわかる。まるで、こちらが笑いかけたその意味を測りかねているというような。
(大切な人なんだろう?)
それに応えるように、さらに笑みを深くする。「アンタはいつもそうだね」と、口には出さずに――仕方の無いような顔で笑う。
戦闘に供え、そっと両腕に力を込める。それに呼応するように、奴の魔力の度合いが強まるのを感じる。
その合間に、まるでついでのように彼が問いかけてくる。
「…島の封印はどうした?」
その問いに、自嘲気味に笑う。
あれは、強力な魔力でないと破壊できない――知っているだろうに?
心の奥底に、不意に生まれる喜びがある。
いつまでもこうして居られないのに、この時を楽しんでいるような気がする。殺さなければいけないのに、その裏でいつもこの時を待っている。
――『彼』に会うことを楽しみにしている自分が居る。
初めて黒い白鳥が自分の元へ降り立った瞬間を覚えている。
様々な力に目覚めていく感覚は、恐怖と恍惚の両方を携えている。根本から自分が揺らぐような、そんな異様な気分で。――超人になることが夢だったわけではない。自分なりの強さがあれば良いとは思ったけれど。
そして、その感覚の中で『彼』と会った。
銀色の王。
倒すべき夜の闇の中に住む生き物。
血色の瞳を寂しそうに伏せた横顔が印象的な美しい人――
ローズレッド・ストラウス。
彼を追い、黒鳥が強くなるたびに、再び彼に会う機会が増える。
相手を探り間合いを計るために、こうして対峙しあう時間が延びる。会話を交わす機会が増えていく。ただ戦うだけでなく相手を読んで、理解していく。
今までの四十八人分の想いが積み重なっていく。
――そうして少しずつ彼を知っていく。
誰かの記憶が、彼の姿を、彼の態度をまるで、自分が体験したことのように意思を伝えている。
違う人間として会うたび会うたびに彼の印象は変わらない。私的な見解は別として――彼はいつでも寂しそうな表情を湛えている。
(…アーデルハイト……彼女が…)
傍に居ないからだろう?――愛しい人が。
この王をして、千年もの間飽きもせずに探し続けさせている女。この世のどこかに人の手により封印された――『腐食の月光』の異名を持つ妃。
(…どんな人なんだろうな…?)
そう、考え付くか付かないかの内に煙草を地面へ向けて放り出す。
相手が上空に掲げた手から姿の無い矢が放たれている。振動矢(バイブレイト・アロー)――と、誰かがその名を叫ぶ。
その隅でちらと浮かぶのは、本質的なことだ。
(――私はあんたのことを何も知らない)
その技の名前も、それがどのようなものであるかも本当は。
手袋を脱ぎ捨て片手を突き出すと、魔力の塊である矢はあまりにも簡単に消滅する。そのことに、相手の少なくない動揺を垣間見る。
「忘れたのか」――と、その様子に自嘲気味に笑いかける。
彼のそんな表情に、胸の空く思いがする。しかし、コレは一体誰の思いなのか。
地面を蹴る。踏み込んだ先は、彼の顔の真下。すぐ胸元めがけて一気に間合いをつめる。彼の顔が近付くのが見える。
その瞳を見つめながら。せめて伝われば良いと思う。
(…私は知らないんだ)
過去も。
本当の恨みも何もかも。
(あんたのことも)
それを残念なことに思うんだ――と。
ちなみに、(当然のように)この考えは第50代ブラックスワンに伝播したとして、赤バラとのカップリングを考えてます。
BY dikmmy
2004-?-?
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