美化されていく思い出と比べ、負けるのはいつだって今だ。

 

 

 

 

 

 

 

ひとりぼっちの月

 

 

 

 

 

 

 ローズレット・ストラウス。赤バラの王。

 美しい銀髪の、血のように紅い瞳の、世界最強の魔人。

その昔、幼い頃の自分にとって偉大な父であり、そして同時に優しい兄であり、尊敬すべき人、大好きな人、愛しくて堪らなくて、この感情を向ける、その全てだった人。あのつたない世界の全てだと、その時は本気で思っていた。人生の目標で、憧れで、至高。好かれてはいたけれど、一方で、真実愛されてはいなかったことだけは今でも不満の欠片として覚えている。いつまでも自分は、ただの愛娘で、可愛い妹。独り占め出来ないもどかしさは常に抱えていたけれど、それはそれで仕方ないと、どこか頭の隅で思っていた。

赤バラの王――彼の愛は、ある時からただ一人の女性に注がれる前までは――それ以前は、おそらくは国民の全てに、分け隔てなく与えられていたものだったから。

 

 

 

 耳の飾りを弄って、その手触りを思考の中に残す。指に残る、幼い頃から付けている、真っ赤なバラのピアス。彼に貰ったわけではないけれど、自分は彼のものだと示そうとして付け始めた、つまるところそれは結局、幼い頃の自分の初心表明で。

――どうしてこうも、上手く行かないんだろう。

夜の公園のベンチに腰掛け、真冬のコンクリートに触れて冷えていく足先を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考える。

いつまでもこうして沈んでいてもまどろっこしいような、解決の付かないイライラした不快な気分が腹の底から込み上げてくるような気はするけれども。

 

 

(…何故、上手く行かないのかな)

 

手に力を入れながら、頭上を照らす月の光に、何となく眩しい思いで目を細める。

この世は全て、グルグルと回り続ける三すくみかメビウスの輪か。見上げれば目に入るあの月と同じ。手を伸ばしても届かずに、空を見上げて嘆く子供と今の自分、一体その何が違うだろう。

――思わず浮かんだその姿は何やら酷く滑稽で、口元だけで笑顔を作る。それは酷く間抜けで、滑稽な話だ。欲しいと思う人からは欲されず、ただ一人愛しい人は、いつもかやの外にいる。

全ては――今の自分が、未だ彼ただ一人を想うのと同じように。

アーデルハイトも、蓮火も、そしてそれはあの赤バラでさえ。

 

(…世の中は、上手く出来ているな)

皮肉の笑みを浮かべながら、闇夜を見渡すと、寒さをさほど感じない肌に、夜風が寄り添うように撫でていくのがわかった。耳に入ってくるのは、この夜に息づくものたちの声。どこか遠くの、この公園の外からの騒音。さらに耳を澄ませば、どこまでも聞こえるような気がした。

見上げれば空にかかる大きな月。それを見つめながらふと、ぼんやりと思う。

(…思い出してくれないだろうか。ほんの一時でも)

 願うのは、あの黒月に懸けて。それは、自分らしくも無い、すっきりとしない、どこまでも不透明な想いではあるけれども。そのくらいならば、許されないだろうか。

 

 

遠く離れて、あるいはすぐ近くで。――彼も、私と同じあの月を見ているか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Last2005-4-13